中国の特許制度には、発明特許、実用新案特許及び意匠特許の三種類の特許がある。興味深い点は、中国出願人は実用新案特許を広く利用しているのに対し、外国の出願人はほとんど利用していない点である。 SIPOの統計によると、2008年、中国出願人は223,945 (99.3%)件の実用新案特許出願を行ったが、外国出願人は1,641 (0.7%)件しか実用新案特許出願をしていない。1985年4月から2009年1月までの累積出願件数は、それぞれ1,704,871(99.7%)件及び12,389(0.3%)件である。考えられる原因としては、外国出願人、特に実用新案制度のない国の出願人は、実用新案制度にあまりなじみがないのかもしれない。また、もう一つの原因としては、実用新案制度が過小評価され、ひいては信頼されていないのかもしれない。 しかしながら、中国の実用新案制度に利用価値があるかどうか、中国の実用新案制度をどのように戦略的に利用すべきかという問題は、多くの外国出願人にとって依然として興味深い問題である。このような問題について詳しく検討する前に、中国の実用新案制度について概説する必要がある。
中国実用新案制度の概説
1.プロセキューション 中国特許法によれば、実用新案とは、製品の形状、構造又はその組合せについてなされた実用に適した新しい技術方案のことを言う。中国の実用新案特許権の存続期間は出願日から10年である。 実用新案特許出願のプロセキューション全般に要する時間は、発明特許出願よりはるかに短い。実用新案特許出願は出願日から6~12ヶ月程度で権利が付与されるのに対し、発明特許出願は平均2~3年の時間を要する。実用新案特許出願については実体審査は行われないが、中国の実用新案制度は単純な登録制度でもない。実用新案特許出願については、形式審査と実体審査の中間である、いわゆる「初歩審査」が行われる。審査官は形式審査に加えて、実用新案特許出願が公序良俗に違反していないかどうかや、クレームに記載されたものが技術方案であるか否か、方法ではなく製品であるか否か、技術方案が実用に適したものであるか否かなど、クレームにかかる技術法案が実用新案の定義に合致するか否かについても審査する。 また、中国特許法実施細則によれば、出願人は実用新案特許の出願日から二ヶ月以内に自発補正することができる。
クレーム 実用新案の定義からわかるように、実用新案特許は製品のみを保護する。従って、方法にかかるクレームは実用新案特許出願では認められない。実務においては、クレームの主題が製品であっても、方法にかかる構成要件は認められない。言い換えれば、クレームにおいて、ステップ、プロセスの条件等にかかる記載を用いてはならない。 また、組成物、成分、処方及び冶金学的な相構造は、形状又は構造とは認められないので、これらも許容されない。同様に、クレームの主題が製品であっても、組成物にかかる構成要件は認められない。言い換えれば、クレームにおいて、組成物にかかる記載を用いてはならない。 実務上、出願人によっては、既知の製品について形状を変えずに材料を置換して保護しようとする者もいる。2006年7月1日から施行されている審査指南によれば、従来の材料を置換した「新しい材料」が既知の材料であれば、それは実用新案の保護対象となる。言い換えれば、新しい材料が完全に新しい場合、組成物の面から従来技術と区別されると認められるので、実用新案の保護対象とはならない。 また、電子回路の構造は実用新案の保護対象となる。しかしながら、審査官は機能的記載に対して非常に厳しい傾向があるため、クレームの記載には注意しなければならない。
図面 一の実用新案特許出願は、少なくとも一枚の図面を含むことが必要である。実施細則によれば、実用新案特許出願に図面が含まれていない場合、SIPOはそれを受理せず、出願番号も付与されず、出願日も認められない。 また、実務上、実用新案特許出願においては、通常、図面に対する補正は認められない。図面に誤記がある場合、明細書に正しい記述があったとしても、出願人はかかる記述に基づいて図面を補正することはできない。
ダブルパテント 実用新案特許と発明特許の保護範囲が同じである場合、それらはダブルパテントとなり、共存できない。 同一出願人が同日に同一の発明創造について、実用新案特許と発明特許を出願する場合、通常、実用新案特許出願について先に権利が付与される。2009年10月1日から施行される新しい中国特許法の規定によれば、発明特許出願が登録できるという段階で、先に取得した実用新案特許権がまだ消滅してない場合、出願人は当該実用新案特許権を放棄することによって発明特許権を選択することができる。 このような方法は、権利行使できる特許権の期間を延ばすことができ、出願人にとって有利である。また、実用新案特許のプロセキューション及び権利維持にかかる費用は、通常、発明特許よりはるかに少ないので、二種類の出願をしても、コストが大幅に増えることはない。
出願形式の変更 一の特許出願をする場合、実用新案特許または発明特許のいずれかを選択しなければならず、後の出願手続において、一方の形式を他方の形式に変更することはできない。また、ドイツの実務のように一の発明特許出願から一の実用新案を分割することも認められない。しかしながら、発明特許出願において、実用新案特許出願に基づき優先権を主張することは可能である(その逆も同様)。
2.特許要件の基準 実用新案特許については実体審査は行われないが、後述する無効審判手続において特許要件が判断される。具体的には、実用新案特許は、新規性、進歩性及び実用性などを備えていなければならない。発明特許との相違点は、実用新案特許の進歩性に対する要求が発明特許より低いことである。
3.無効審判手続 中国特許法によれば、特許権が付与された後、いかなる者も無効審判を請求することができることになっている。無効審判手続では、実用新案特許の有効性について実体的な審理が行われる。しかしながら、実用新案特許に対する進歩性の要求は低いので、実務上、進歩性欠如を理由として、実用新案特許を無効にすることは難しい。いくつかの例外を除き、通常、実用新案特許の進歩性の評価に用いることができる従来技術は一件又は二件である。また、類似する技術分野または関連分野も考慮する発明特許とは異なり、審査官は、通常、同じ技術分野に属する引用文献のみ考慮する。 あるSIPO職員の話よると、過去に無効にされた発明特許は、発明特許の無効審判全体のおよそ30%を占めるが、実用新案特許の場合、その数字は35%である。このことから分かるように、これら両者の間にはあまり大きな差がない。実際、中国の出願人による多くの実用新案特許出願は、経験のある専門家によって作成されたものではなく、実用新案特許権者が、無効審判手続において訂正する余地はほとんどない。もし、実用新案特許出願が経験のある専門家によって作成されていたならば、実用新案特許の無効審判の状況はもっと良くなっていたはずである。
4.エンフォースメント 実用新案特許については実体審査がないので、2009年10月1日から施行される新しい特許法によれば、実用新案特許権者が侵害被疑者に対して実用新案特許を行使する場合、人民法院又は特許業務管理部門は、通常、実用新案特許権者に「特許権評価報告」の提出を要求する。当該評価報告はSIPOによって作成されたものでなければならず、調査結果及び特許性に関するコメントが含まれる。また、当該評価報告は証拠として用いることができる。 中国の実務では、侵害訴訟の被告は専利復審委員会において実用新案特許の有効性について争うことができ、侵害訴訟では、特許の有効性について判決を出さない。実際の状況によって、また場合によっては一部、評価報告に基づいて、人民法院は、実用新案の有効性について結論が出るまで、侵害訴訟を中止する可能性がある。 新しい中国特許法には、どのように賠償額を算出するかについての規定があり、これは三種類全ての特許について適用される。言い換えれば、有効な実用新案特許の賠償額が、有効な発明特許と比べて必ずしも異なるというわけではない。実際、正泰vsシュナイダー案では、シュナイダー側は、実用新案特許権の侵害により、中国特許史上最高額の3.3億元(およそ48億円)の賠償金の支払いを命じられている。賠償額の算定において相違する唯一の可能性は、新しい特許法で規定されているように、人民法院は「法定賠償」を確定する際、侵害された特許権の種類を考慮できるという点である。しかしながら、これは必ずしも実用新案特許権者が高額の賠償金を得ることができないということを意味するものではない。法定賠償が適用されるのは、権利者の損失、侵害者の獲得した利益及び実施料のいずれについても算定ができない場合に限られる。
中国実用新案特許出願における戦略 以上は中国における、現在の実用新案制度に関する概説である。中国出願人はかなり多くの実用新案特許出願を行っている。これは一部には、実用新案特許出願が安くて早いということによるものと思われる。また、もう一つの理由としては、中国出願人による実用新案特許出願の半数以上は、会社ではなく個人の発明者により出願されており、創作のレベルがあまり高くないということが挙げられる。実体審査がないことによる権利の不安定性は、中国出願人にとっては出願の妨げにはならないようである。実際には、一部の出願人は実用新案制度を悪用し、外国で入手可能な製品について中国で実用新案特許出願をし、その後、当該実用新案特許権に基づいて中国の他の同業者に対抗している。本稿は、倫理的な面について見解を述べるのではなく、純粋に実用的な観点から、外国出願人がどうのようにして中国実用新案制度から利益を得るのかを検討するものである。 まず第一に、外国出願人、特に個人の発明者は、早くてコスト効率の高い方法で行使できる権利を提供するプロセキューションを享受することができる。 第二に、よりハイレベルの外国出願人は、特許要件の面から実用新案特許出願を検討することができる。通常、外国出願人は、外国出願に基づいて優先権を主張し、パリルート又はPCT出願の国内移行を通じて中国出願をする。中国国内移行の際、外国出願人は発明特許出願又は実用新案特許出願のいずれかを選択することができるが、国内段階には一度しか移行できないため、発明特許出願及び実用新案特許出願の両方を利用することはできない。国内移行時、ほとんどの場合、出願人は自分の発明の特許性についてある程度の認識を有している。また、いくつかの国においては、一年以内にオフィスアクションが入手可能であり、パリルートの場合も、出願人が自分の発明の特許性についてある程度の認識を有している場合がある。従って、進歩性のないおそれがある出願については、出願人は中国において、戦略的に実用新案特許を選択することができる。場合によっては、このような「進歩性の低い」発明創造について、出願人は進歩性欠如によって無効にされにくい実用新案特許権を取得することができる。 第三に、出願人は戦略的に発明・実用新案同時出願をすることも可能である。この場合、上述したように、出願人は長期にわたって行使可能な特許権を享受することができる。さらに、出願人は実用新案特許のクレームの保護範囲が発明特許より広くなるような、発明特許と実用新案特許とで異なるクレームを得られる可能性もある。新規性に問題がなければ、発明特許出願について進歩性欠如の審査意見が出されたとしても、上述したように実用新案特許の進歩性の基準は発明特許のそれとは異なるので、実用新案特許については、無効審判手続における特許の有効性に対する攻撃に耐えられるかもしれない。また、指摘すべき点は、現在の実務において、実用新案特許と発明特許の保護範囲が異なる場合、両者はダブルパテントではないという点である。従って、出願人は出願時に実用新案のクレームが発明特許のクレームより広くなるようにしてこれら2つの出願をすることも可能である。 また、実用新案特許出願は、ライフサイクルの短い製品を早く、高いコスト効率で保護できる手段である。多くの分野において、製品のライフサイクルは以前に比べてずっと短くなっており、新しい世代の製品がより頻繁に市場に投入される。発明特許は、登録まで平均2、3年を要し、権利の取得、維持にコストがかかるため、このようなタイプの製品を保護するのには適さない。一方、実用新案特許は、このような製品に対して早期に保護を得ることができ、権利の取得、維持のコストも少ない。また、このような製品については実用新案特許の十年の存続期間も十分に長いといえる。 最後に重要な点として、実用新案特許は「緊急の保護」にも適している。まもなく中国又は海外の市場に投入される製品について、手の込んだ明細書を作成する時間がない場合、保護範囲の狭い、極端な場合には実際の製品のみをカバーするクレームで実用新案特許出願することも可能である。この意味では、米国の仮出願に類似している。しかしながら、米国の仮出願は、更なる手続が行われなければ実際に特許権を取得することはできないが、中国の実用新案特許出願は行使できる権利を取得することができる。従って、中国の実用新案特許出願は「仮出願よりよい」といえる。中国で業務を行い、中国で発明がなされる多国籍企業にとってはこの点は特に有益であると思われる。 長い間、実務上、基本的に発明特許出願をして実体審査を経ることが行われ、実用新案特許は見過ごされてきた。しかしながら、上述したように、戦略的に利用すれば、中国の実用新案制度にはメリットがある。外国の個人発明家または経験豊富な外国企業にとっても、中国の実用新案制度は検討すべき制度であると思われる。
(北京北翔知識産権代理有限公司 中国弁理士 楊勇)
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